浮遊と緊張

第3章の起点となるのが、ガラス板から構成された1976年の作品《硝子の椅子》である。倉俣は1987年にこう書いている──「僕には引力の支配から逃れ、重力から解放されて、自由に浮遊したいという強い願望があります」。逃れられない「引力」と、そこから解き放たれた「無重力」の感覚は、美しくも力を加えれば割れてしまう、ガラス板の椅子に張り詰めた緊張と響き合っている。

こうした「浮遊」や「緊張」の感覚は、1980年代の作品にも見て取れる。通常フェンスなどに用いられる金属のメッシュ「エキスバンドメタル」を素材とした椅子《ハウ・イン・ザ・ムーン》は、金属の重量感ある見た目とは対照的に、空虚な内部が軽やかな浮遊感をもたらす。一方、バー「ルッキーノ」などに用いられた割れガラスは、ガラスが割れた瞬間を留めおいたような緊張を感じさせつつ、ガラスの豊かな表情を引き出しているといえる。

さて、1976年は、倉俣がイッセイ ミヤケ(ISSEY MIYAKE)の店舗デザインを本格的に始めた年でもあり、こうしたなかで倉俣は次々と新しいデザインを編みだしてゆくようになった。たとえば、色ガラスの破片を入れた「テラゾー」は、旭川のイッセイ ミヤケのブティックに始まり、色とりどりのガラス片を使ったテーブル《トウキョウ》や、《透明ガラス入りテラゾーテーブル》といった家具へと展開されている。

さらに、1981年には、倉俣が生涯にわたって親交を結ぶ建築家・デザイナー、エットレ・ソットサスに誘われて、イタリアのデザイン運動「メンフィス」に参加。メンフィスは、一見不調和な色彩や、無秩序に見える構造などを特徴とする、実験的な作品を発表したグループだ。こうした活動と関わるなかで倉俣は、実用性を超えたデザインへの確信を強めるとともに、国際的な活躍を通じて評価を高めてゆくこととなった。

アクリル、瞬間と色彩

第4章では、倉俣の晩年の仕事を紹介。1988年に倉俣は、造花のバラをアクリルに閉じ込めた椅子《ミス・ブランチ》を発表した。倉俣の関心は、60年代のアクリルから、《硝子の椅子》などに見られる70年代のガラスを経て、この時期、ふたたびアクリルに移ったようだ。

倉俣のガラス作品、たとえば《硝子の椅子》は、板ガラスを組み合わせたミニマルな構造に、割れうる「瞬間」を想像的に重ね合わせていた。割れガラスやガラスの破片を用いた作品は、ガラスのこうした時間性を用いたものだといえる。

一方、《ミス・ブランチ》では、透明なアクリルの中にバラの花が浮遊し、時間が静止したかのような感覚を与える。同じように、1990年の《アクリルスツール(羽根入り)》では、舞い落ちるかのような羽根が、アクリルの中に閉じ込められている。このように、アクリルを用いたこの時期の作品からは、ガラスの作品とは異なる時間性を見てとることができる。

ものをその内に封じ込める、塊としてのアクリル。そこには、色彩もまた宿される。たとえば、複数の色彩のブロックから構成される《カビネ・ド・キュリオジテ》では、支柱が重なって見えることでとりどりの色彩が織りなされる一方、ピンク色を閉じ込めた《アクリルサイドテーブル #2》では、見る角度によって色彩の写り込みが変化し、ピンクの多様な表情が生まれる。1980年代後半以降、このようにアクリルの厚みが視覚的に与える効果が引き出されているのだ。

記憶と夢

倉俣にとって、記憶とは着想の源泉であった。また、1980年頃から1991年にこの世を去るまで、倉俣は夢日記をつけており、それは自身が意識しないあいだに思いついたこと、気付いたことを大事にするためであったという。このように、記憶の捉え方と夢の捉え方は、倉俣において通底していたといえる。会場の終盤では、夢日記やスケッチなどを交えつつ、倉俣の創作の背景に光をあてている。

展覧会概要

企画展「倉俣史朗のデザイン─記憶のなかの小宇宙」
会期：2023年11月18日(土)〜2024年1月28日(日)
会場：世田谷美術館
住所：東京都世田谷区砧公園1-2
開館時間：10:00〜18:00(入場は17:30まで)
休館日：月曜日(1月8日(月・祝)は開館)、年末年始(12月29日(金)～1月3日(水))、1月9日(火)
観覧料：一般 1,200円(1,000円)、65歳以上 1,000円(800円)、高校・大学生 800円(600円)、小・中学生 500円(300円)、未就学児 無料
※( )内は20名以上の団体料金(事前に電話にて問い合わせのこと)
※障害者は500円(小学・中学・高校・大学生の障害者は無料。また、当該障害者につき介助者1名は無料)
※オンラインチケットは11月1日(水)より販売(詳細については美術館ウェブサイトを参照)

■巡回情報
・富山県美術館
会期：2024年2月17日(土)〜4月7日(日)
住所：富山県富山市木場町3-20
・京都国立近代美術館
会期：2024年6月11日(火)〜8月18日(日)
住所：京都市左京区岡崎円勝寺町26-1

【問い合わせ先】
TEL：050-5541-8600(ハローダイヤル)