映画『羊の木』が、2018年2月3日(土)より公開される。
原作コミック『羊の木』は『がきデカ』の山上たつひこ、『ぼのぼの』のいがらしみきおといったギャグマンガ界に君臨する2人の巨匠がタッグを組み、2014年文化庁メディア芸術祭優秀賞を受賞した問題作。その問題作を映像化する監督は、『桐島、部活やめるってよ』で第36回日本アカデミー賞最優秀作品賞と最優秀監督賞を受賞、『紙の月』で第38回日本アカデミー賞優秀監督賞を受賞した、日本を代表する監督の1人である吉田大八。「普通の人の輪に入り込む異物」という極限の設定と、その異物が元殺人犯であるというセンセーショナルなテーマを独特な手腕で描く。
主人公のお人よしな市役所職員・月末一を演じるのは吉田大八監督作品へは初参加となる錦戸亮。犯罪者の受入担当となったごく普通の人間が抱く、大きな心情の揺れを表現する難しい役柄に挑む。町に帰郷した月末の同級生・文を演じるのは木村文乃だ。
"元殺人犯"をどこまで信じ、受け入れられるのかがテーマでもある本作。映画の公開に先立ち錦戸亮と、木村文乃に話を聞くことができた。2人が考える、"他者"との繋がり方とは。
まず初めに、原作との出会いを教えてください。
錦戸:実は、オファーをいただく1週間くらい前"文化庁メディア芸術祭優秀賞"というのが目に留まって、原作の電子版を購入しました。全5巻を一気に読み終えて「強烈なマンガだったなぁ」という余韻が、まだ残っていたタイミングで脚本を渡されたんですよ。すごい巡り合わせもあるものだなって。
木村:国家の極秘プロジェクトとして仮釈放された元受刑者たちが過疎の町に集められるのですが、元受刑者との共存や人間の恐怖の源泉に迫る衝撃的な物語。私はオファーを受けてから原作を読ませていただいたのですが、「このお話をどう映像化するんだろう?」というのが率直な感想でした。
映像化する上で、ストーリー設定にはどのような変化がありましたか。
錦戸:僕が演じた主人公の月末一は中年男性から独身の市役所職員になるなど、大胆にストーリーが変更されていました。ただ一方で、原作の持つ魅力は、そのまま受け継がれているなとも感じました。現実にはありえない話なのに、不思議とリアルな手触りがあって。
木村:月末だけではなく、彼を取り巻くキャラクターたちの設定も、大きく変わっていました。私が演じた石田文は、原作で言うところの2人分の役割を担う、新しい登場人物です。
その映画版オリジナルのキャラクターたちをどのように捉え、演じましたか。
錦戸:月末は強烈すぎるキャラクターの中で、ほぼ唯一の“普通の人”。基本は真っ直ぐで、仕事もきちんとこなす。でも、自分のために小さなウソをついてしまう瞬間もあったり…。見ている人にとっては一番身近で、感情移入もしやすいキャラかも。そういう意味で、いわゆる役作り的なことは、ほとんど考えませんでした。撮影中はなるべくフラットな状態で、その場の流れに身を委ねるようにしていましたね。共演者の方々のお芝居や吉田大八監督の演出に対して、常に敏感でいたかったので。
木村:文は退屈な地方都市に嫌気がさして地元を離れたけれど、都会にも染まり切れず戻ってきてしまった女性。人を信じる基準が、浅い人だとも思いました。お人好しの月末をちょっぴりクールに見ていて、"心から笑えていない感じ"というか。でもそんな文でも、人に裏切られれば、他の人と同じけ傷つくはず。セリフには表れないそんな感情の機微を、どのように表現するか模索し続けました。
お互いの役柄にはどのような印象をお持ちでしたか。
木村:月末を錦戸さんが演じられると知った時は、少し意外だなと思っていました。実は以前に、プライベートでお買い物をしている錦戸さんとすれ違ったことがあって。その時"ザ・芸能人"っていう、キラキラしたオーラが溢れていたんですね(笑)。なので真逆のイメージにいる人が担当されるんだな~と思いました。
でも撮影が始まると、文の方を振り返った時の錦戸さんの表情は、完璧に月末になっていて。そのおかげで何の疑いもなく「この人は月末だ」と信じて、スムーズに映画の世界観に入り込むことができました。
錦戸:偶然居合わせていたのは、僕も今初めて知りました(笑)。僕は初共演シーンとなった、市役所で再会する場面が記憶に残っています。同級生のはずなのに警戒心がある、文らしい表情が印象的でした。
その他の登場人物は、松田龍平さん、北村一輝さん、優香さん、市川実日子さん、水澤紳吾さん、田中泯さんが演じる6人の元殺人犯たち。吉田監督は原作から"他者との共生"というテーマを見出したとおっしゃっていますが、演出で印象に残っているものはありますか。
錦戸:映画の冒頭で、月末は6人の元受刑者たちを順番に迎えに行きます。そこで同じやりとりを何度も繰り返すんですけど、話す相手が変われば当然、リアクションも絶妙に変わる。最初は普通の転入者だと気軽に捉えていたのが、次第に違和感を抱き始めて…。そういう白か黒かじゃなくて、グレーの領域にある微妙な表情を引き出していたように思います。
木村:監督は表情やセリフだけでなく、それらが生み出す"空気感"にこだわっている感じがしましたね。6人の受刑者とそれを取り巻く人々の関係性に、「罪を償った人を色眼鏡で見てはいけないという」理性と、「でもやっぱり怖い」という皮膚感覚のせめぎ合いを映し出そうとしていて。吉田監督が紡ぎ出す世界観の魅力を強く感じました。
6人の元受刑者の中でも、松田龍平さん演じる宮腰の存在、そして彼が"元殺人犯"であることは物語に大きな影響を与えますね。お2人は宮腰との関係性をどのように捉えていましたか。
錦戸:最初は市役所職員として接していたのが、どこかで宮腰に惹かれ、友達として受け入れていた部分もあったと思う。ただ、信じたい気持ちもあった一方で、宮腰の不可思議な行動に驚かされたり、「もうワケが分からない、一体なんなんだよ!」と叫びたい瞬間もあった気がします。
木村:文は元殺人犯であることは知らず、宮腰と恋人になります。宮腰にとっての文は、月末以上に近しい関係であったはず。でも彼を本当に信じていたかというと、文は最終的に答えを出せなかったんじゃないかな。
錦戸:友達や恋人を「本当に信じてる?」って痛いところを突かれる感じって、誰の日常にもあるんじゃないでしょうか。過去に殺人を犯したりはしてなくても、自分と違う価値観や経験を持っている人は、世の中に溢れている。そういう隣人とどう接するかというのは、実はリアルな話ですよね。