企画展「Walls & Bridges 世界にふれる、世界を生きる」が、東京都美術館にて、2021年10月9日(土)まで開催。その見どころを、本展のキーワードである「記憶」に寄り添いつつ紹介する。
企画展「Walls & Bridges 世界にふれる、世界を生きる」は、創造という行為に没入することで、自らを取り巻く“障壁”を、展望を可能にする“橋”へと変えた5人のつくり手を取り上げる展覧会だ。
本展に出品する5人の作家──東勝吉、増山たづ子、シルヴィア・ミニオ=パルウエルロ・保田、ズビニェク・セカル、ジョナス・メカス──は、その人生に接点はなく、作品の表現方法や造形に共通点があるわけでもない。しかし本展では、かれらの作品に静かに鳴り響く「記憶」という言葉を導きの糸に、“生きるよすが”として制作活動を続けたつくり手たちの姿を紹介してゆく。
戦後チェコを代表する彫刻家として知られることになるズビニェク・セカルは、1923年、プラハに生まれた。青年時代、反ナチス運動に携わったセカルは、強制収容所で18歳から22歳までの年月を過ごし、そこで過酷な拷問にあったと考えられる。しかし、チェコ語のみならずフランス語やドイツ語といった多言語に秀でていたため、強制収容所で亡くなったさまざまな国籍の死者に「多言語で死亡診断書を書く役割」をあてがわれ、辛くも生き延びることに。解放後はグラフィックデザインを生業とするも、1969年にウィーンへ亡命した。
セカルは寡黙であり、身内にも強制収容所での体験を語ることがほとんどなかったという。そして、語学を能くしたセカルが、言葉では語りえぬトラウマの記憶を仮託したのが、後年になって手がけるようになった造形作品であった。無表情な仮面の裏に髑髏が表された《仮面をつけた仮面》など、セカルの彫刻作品は存在の不条理さを問いかけている。
60歳を過ぎたセカルは、箱状の作品を制作するようになる。箱状といっても、釘を使わずに細長い木材を巧みに組み合わせたその作品は、むしろ格子状でもあり、収容所の監獄を彷彿とさせる。
一方で、セカルは自ら、キリストの死を描いた凄惨な祭壇画を理解しないかぎり、自身の作品はわからないだろうと語っている。そこには、左右に開く祭壇画が平面状の箱であり、またキリストの死体を安置する棺でもあるというイメージが重なっているといえる。そのためだろう、これら箱状の作品は立体作品でありつつも、格子状の構成がむしろ平面的な印象を与えている。
箱の中に記憶を収めるというのではなく、一方では自身が格子の中に入ったという体験と、他方で死を対象化する絵画を見つめる外側からの視点と、これら二者が交錯するかのような箱状の作品は、セカルの“言葉では語りえぬ”記憶を、観る者へと訴えかけるのではなかろうか。
セカルと同じ展示室内に展示されるのは、シルヴィア・ミニオ=パルウエルロ・保田の作品だ。1934年生まれのシルヴィアは、ローマで美術を学んだのち、留学先のパリで彫刻家を目指す保田春彦と出会い結婚。将来を期待されるつくり手であったものの、作家活動を続ける夫のサポートに徹し、子どもを授かってからは育児に専念した。1968年には一家で日本に拠点を移したが、家事と育児に注力するシルヴィアに制作の時間はほとんどなく、家族が寝静まった夜半、自宅の小さな部屋での制作を日課とした。