実は、このシーンを撮る前に松山さんが絶食してくださったんです。そのおかげで、お金もなくて絶望の淵にいる主人公が、食べることで生きる、そんなリアルなシーンを撮影できたと思っています。

・ほかに、松山さんとの印象的なエピソードはありますか。

今回松山さんには、主人公の人物像を想像してもらうために、30代でホームレスになった方のドキュメンタリーや、30代でネットカフェに寝泊まりしている方のドキュメンタリーを見てもらいました。そこから、お互いに思うことを話しながら、人物像のすり合わせを行いました。松山さんは脚本に対する理解力がすごくある方で、頭で考えての理解だけじゃなくて、体に落として演じてくださって、ほんと演技の向き合い方が素晴らしい役者さんだと思います。

“置いてけぼりになってしまった人々”を描く

・主人公・山田をはじめ、個性豊かなキャラクターが登場しましたが、一貫して世の中から少し外れたアウトサイダーな存在のようにも感じられました。

私は“置いてけぼりになってしまった人たち”と表現しているのですが、自分の作品では、そういった人々を描くことが多いです。

・きっかけはあるのですか。

前述した脚本のクラスの話にも通じるのですが、自分がアメリカに留学していた時に、どうしてもマイノリティであるという自覚がありました。今日本で生活していても、発言であったり、行動であったり、自分自身あえて常識の中に囚われたくないっていう想いがあって。きっと自分自身も置いてけぼりになっている自覚があるので、そのような人物を描いているのかなと思います。

・そういったキャラクターを作る際に、大切にされていることはありますか。

画面には映らないその人のバックグラウンドをちゃんと考えるようにしています。たまに海外の映画とかで、序盤にすぐ殺されてしまう人とかいるじゃないですか。でも簡単に殺されてしまったそんな人物にも1人1人にそれなりの人生がある。私はそんな背景も見逃すことなくキャラクターをしっかり深掘って、魅力的な人物に見せられるように考えています。

あとは、お互いにちょうどいい距離感を持っている人物を描くようにしています。頼りすぎず、寄り添いすぎず、ちゃんと1人1人の足でしっかり生きている、そんなキャラクターを描きたいと思っています。

映画製作は“人生”そのもの

・監督は数々の作品を手掛けていらっしゃいますが、映画製作のモチベーションはどこにあるのでしょうか。

作品を作ること、それ自体がモチベーションです。作らせてもらえることを1番大事にしているので、映画を作れないと本当に苦しくてしょうがない。今回の作品も、脚本を書いて映画化するまで約3年かかっているのですが、常に映画のことを考えていました。完成した後でも、どうやったら次に映画を作れるのだろうかと、ほんとそれしか考えていないです(笑)。映画を作っている時が、1番生きている実感を得られる瞬間だと思います。

・そこまで監督を惹きつける、映画製作の魅力はどこにあるのでしょう。

自分の頭の中だけで描いていた世界が、携わってくれるたくさんの人たちによって、想像以上になる瞬間がとにかく面白いです。役者さんはもちろん、カメラマンさんや照明さん、衣装さん、メイクさんなど…たくさんの人の協力があって、自分の想像を超える作品が出来上がっていく。その過程が面白いし、すごく楽しいです。

・映画を撮ること以外に、他の道に進もうと思ったことはないと。

別の道に進もうと思ったことはないです。辞めたいと思ったことも一度もないです。常にどうしたら次の作品を作れるかを考えています。最近ですと映画だけでなく、ドラマの脚本であったり、WEBのショートムービーであったりと、撮影できるチャンスの幅は広がっていると思うのですが、でもやっぱり私は映画を撮ることが1番好きです。

作品情報

映画『川っぺりムコリッタ』
公開時期：2022年9月16日(金) ※当初2021年11月3日(水・祝)に公開される予定だった。
出演：松山ケンイチ、ムロツヨシ、満島ひかり、江口のりこ、黒田大輔、知久寿焼、北村光授、松島羽那、柄本佑、 田中美佐子、薬師丸ひろ子、笹野高史、緒形直人、吉岡秀隆
監督・脚本：荻上直子
原作：荻上直子『川っぺりムコリッタ』
配給：KADOKAWA