映画『川っぺりムコリッタ』が、2022年9月16日(金)に公開される。その監督を務めた荻上直子監督にインタビューを実施した。
『かもめ食堂』や『めがね』など数々の作品を手掛けてきた、荻上直子。前作『彼らが本気で編むときは、』では、トランスジェンダーの女性を主人公に、その周囲の人々が織りなす温かな人間模様を描き話題を呼んだ。
そんな荻上直子が3年ぶりにメガホンを取り、新作『川っぺりムコリッタ』を制作。荻上ワールドおなじみの「おいしい食」と共にある、ささやかな幸せの瞬間=仏教用語で“ムコリッタ”をキーワードにした、ハートウォーミングな物語を描いた。本記事では、作品誕生のきっかけや撮影秘話、映画製作にかける熱い想いなど、たっぷりと伺った。
・今作の『川っぺりムコリッタ』は、荻上監督が書かれたオリジナル長編小説を、自身の脚本・監督で映画化されました。「ささやかな幸せの瞬間」が一つのテーマだと思いますが、この着想源はどこからきているのですか。
フォークロックバンド「たま」の『夕暮れ時のさびしさに』という曲から、今作のテーマを思いつきました。ある日この曲を思い出して、どんな歌詞だったか調べてみたら、夕暮れ時にお米を研ぐとか、牛乳で乾杯するとか…日常の些細な出来事を歌っているとてもユニークな歌詞で。そこからアイデアが一気に広がっていったのです。
・一方で、ほんわかした空気とは逆位置にあたる “骨”を扱ったシーンも多くありました。
骨は、映画の中でもひとつの大きなキーワードです。私の作品作りは、割と身近にあることから影響を受けることが多いんですけど、今回でいうと、“遺骨”を扱っているドキュメンタリーを見た時になぜか惹かれてしまって。「生と死」の決定的な違いを感じられる骨や遺骨といったものについても描きたいと思ったんです。
・具体的にいいますと?
私たち日本人にとっては当たり前のことかもしれないんですけど、火葬の儀式で亡くなった方の骨を見ることって、海外では非常に珍しいことらしいんです。日本だと骨を見た瞬間に、諦めがつくという感覚があると思うので、その文化の違いも面白いなと。そこから、いわゆる死を扱う話も、作品の中で表現したいと思うようになりました。
・今までの作品にはなかったテイストかと思うのですが。
今作は、自分が歳を重ねてきたからこそできた映画なんじゃないかなと思います。年を重ねると死を考えるし、死がより身近なものになるので、そういった部分が大きいかもしれないです。
・「川っぺりムコリッタ」というタイトルの響きがとてもユニークですよね。なぜこのようなタイトルに?
ちっちゃい「つ」がいっぱいあると、可愛らしいかなって思って(笑)。あとは、私は現在川沿いに住んでいるのですが、川って毎日表情が違うんです。すごい気持ちよさそうに見える時もあれば、雨の日には溢れかえって、被害を生み出す恐ろしい一面もありますよね。今作においても、 “死”がすぐ近くにある川にはこだわりました。
・今回そのような“死”をテーマにした中にも、どこか温かい空気感が漂っているように感じました。他作品にも通じますが、ユーモアを取り入れることは常に意識されているのでしょうか?
例え重たいテーマだとしても、自分なりのユーモアを作品の中に入れることは、いつも心がけています。そのきっかけとなった出来事は、アメリカの留学時代に脚本の授業をとっていた経験から。英語が上手に喋れなくて、クラスメイトからもあまり相手にされないような環境の中で、ある時自分が書いた話で皆がどっと笑ってくれる時があったんですよ。それがすっごく嬉しくて、自分のユーモアは世界で通用するんだ!と感じてから、映画にも取り入れるようになりました。
今回の『川っぺりムコリッタ』に関しても、骨とか死とか、そういう重いテーマを題材にする中で、それをただ暗く描いてしまったら、それは極論、私じゃなくて別の人がやればいいわけで。やっぱりどこか笑いに持っていくことを意識しています。その気持ちは、デビュー当時から変わらないです。
・”死”が度々出てくる中で、”生きる”を象徴するような、食事のシーンがとても印象的でした。
私の映画において、ご飯がおいしそうだと言っていただくことがあるのですが、実は食事のシーンをことさら多く見せようと思っているわけでもないのです。人の日常生活を描くときに、欠かせないものが食事だと思っています。今作では“死”を扱っているので、その隣り合わせにある、“生きる=食べる”シーンは、しっかり描きたいと思っていました。
・今回の食事のシーンで、こだわられたことは。
今回はすごくシンプルなものにしました。ごはんとみそ汁と、あとちょっとした副菜だけ。他にも、洗っただけの生野菜であったり。ご馳走じゃなくて、これだけあれば生きていける、そんな食事にこだわりました。あとは、もう役者さんが美味しそうに食べていただけば問題ないと思っています(笑)
・主人公を演じる松山さんが野菜を食べるシーンは、本当に美味しそうでしたね。