本展で注目したいのが、ピカソとブラックによる作品の数々。本展では、初期の傑作を含むこれらの作品を通して、キュビスムの造形的実験の軌跡に光をあてている。
1910年頃までにピカソとブラックは、人物やテーブルの上に置かれたものなど、身近な存在をモチーフに、幾何学的な形から作られたような作品を手がけるようになった。こうした作風は「分析的キュビスム」と呼ばれている。女性の姿を描いたピカソの傑作《肘掛け椅子に座る女性》は、その代表的な作品だ。
落ち着いたトーンで描かれた「分析的キュビスム」の作品は、徐々に、描かれているものをはっきり捉えられないような抽象的な表現に近づいている。たとえば、ピカソの《ギター奏者》では、人物が周囲の空間へといっそう溶けこんでいることが見てとれるだろう。こうして絵画は、現実にあるものをリアルに再現するという伝統的な考え方から離れて、絵画ならではのイメージを組み立てる場になったのだ。
とはいえピカソとブラックにとって、キュビスムの関心は、現実と絵画の関係性にあった。1912年頃に「総合的キュビスム」と呼ばれる段階を迎えると、新聞や広告を絵画に切り貼りするなど、現実との繋がりを強めることが試みられている。また、こうしたコラージュのように、いくつもの面が重なり合うような画面も特徴だ。ブラックの《果物皿とトランプ》や《ギターを持つ男性》などは、こういった傾向を示すものだ。
ピカソとブラックが生みだしたキュビスムは、新しい表現を求める若い芸術家のあいだに広がることになった。フェルナン・レジェは、その代表的な画家だ。レジェは、《縫い物をする女性》や《婚礼》などに見られるように、直線と曲線、色彩同士の対比が躍動感を生む作品を制作している。絵のいたるところに見られる円筒形には、レジェらしさを見てとることができる。
一方、同じくキュビスムを追随したフアン・グリスは、鮮やかな色彩の面を組み合わせつつ、厳しい画面構成と複雑な空間を特徴とした作品を手がけた。《ヴァイオリンとグラス》や《楽譜》など、対角線や水平線、垂直線を強調した静物画から、こうした特徴を見てとることができるだろう。
色彩による「純粋な」絵画が生まれる土壌を、キュビスムは培っている。たとえば、ロベール・ドローネーだ。当初、キュビスムの動きに加わっていたドローネーは、西洋美術の伝統的なモチーフである「三美神」と、エッフェル塔といった現代パリの要素を取り込みつつ、これらを幾何学的な形で描いた大作《パリ市》などを手がけている。幅4mにおよぶ同作は、本展の見どころのひとつだ。
のちにキュビスムから距離を取るようになったドローネーは、色彩同士の対比がもたらす効果を探るようになった。こうした鮮やかな色彩の対比は、すでに《パリ市》の背景にも見ることができる。そして、色彩の対比や動きのある画面によって描かれた「窓」「円形」シリーズなどによって、抽象的な造形への流れを切り拓いていったのだった。