「怖い絵」展が、上野の森美術館で2017年10月7日(土)から12月17日(日)まで開催される。
テーマは「恐怖」。本展では、視覚的な怖さだけでなく、隠された背景を知ることで判明する恐怖を約80点の西洋絵画・版画の中で紐解いていく。“この絵はなぜ怖いのか?”その疑問の答えを探る場でもある、今までになかった新たな視点で作品に触れられる展覧会だ。
章構成は1章から6章までにわたる。人間が思い描く悪魔や地獄、怪物など空想の恐怖に迫るステージ、一方で、現実のなかに存在するいくつもの闇を描いた絵画に焦点を当てるステージなど。人間が歴史を歩む上で翻弄されてきた悲喜劇を、その裏にある普遍的な恐怖を匂わせながら紹介していく。
本展は、作家・ドイツ文学者の中野京子によるベストセラー『怖い絵』というシリーズ化された書籍の刊行10周年を記念して開催される。著書でも紹介されたポール・ドラローシュの《レディ・ジェーン・グレイの処刑》、ハーバート・ジェイムズ・ドレイパーの《オデュッセウスとセイレーン》などの作品が、展覧会を通してよりダイナミックに表現される。
「怖い絵」展へ足を運ぶ人に向けて、本記事では“この絵がなぜ怖いのか”を中野京子の解説を踏まえて紹介する。知るからこそ見える恐怖の世界。ぜひ予習して臨んでほしい。
1章で一気に来場者を惹きつける、本展最大の注目作品である《レディ・ジェーン・グレイの処刑》。縦2.5m、幅3mにもおよぶ、ポール・ドラローシュの大作は繊細な筆致と緻密な構成で描かれた圧巻の大作だ。1928年のテムズ川の大洪水により失われたと考えられていたが、1973年の調査で奇跡的に発見された。1975年の一般公開再開以来、瞬く間にナショナル・ギャラリーの代表作品となった奇跡の作品が初来日となる。
ヘンリー8世の姪の娘として生まれたばかりに政争に巻き込まれ、望みもしない王冠を被せられたあげく、わずか16歳で死なねばならなかったジェーン・グレイ。この絵画には「9日間の女王」とも呼ばれる彼女が、今まさに処刑されようとしている風景が描かれている。手探りしている首置台に触れれば、彼女は司祭の助けをかりてそばに身を横たえ、処刑人の大きな斧の一撃を受ける。下に敷かれた藁は、夥しい血を吸いとるためのもので、首がころがる様をも想像させる。
半人半鳥または半人半魚の姿で、美声によって船乗りたちを惑乱させ、船を沈めたと言われる海の魔女セイレーン。マストに縛りつけられた古代ギリシャの英雄オデュッセウスは、彼だけ蜜蝋の耳栓をしていなかったため、セイレーンの歌声を聞いて狂乱し、海へ飛びこもうと身をよじる。1章で登場する《オデュッセウスとセイレーン》から漂うその恐怖は、見るものを巻き込んでいく。
ドレイパーが描くセイレーンは、当時のイギリス人が理想とする若い美女そのもの。彼女らの下半身は海中では魚なのに、船べりによじのぼる時には白いエロティックな脚となり、腰には海藻が巻きついている。
現実の闇を紐解く4章目。ここでひとつ取り上げたいのは『ビール街とジン横丁』の《ジン横丁》だ。18世紀半ばのロンドン。イギリス国内でジンは原料も安く、税もかからず安く手に入れられたが、牛乳やお茶、そしてビールは高く、貧民街に住む人々はジンを飲むしかなかった。いつしか街の中では、子どもまでもが安酒のジンを飲み、地獄さながらの様相が繰り広げられていた。その模様がこの絵の中から読み取れる。
本作品には対となる《ビール街》があるが、《ジン横丁》の悲惨さと対比的に、ビールを飲んで人生を謳歌する職人や商人が描かれている。作者のホガースは、警鐘を鳴らす意図で本作を描いたのかもしれない。
18世紀に本格的発掘が行われて以来、ポンペイは世界的観光地となったが、火山大噴火によってその街は降灰に埋もれてしまった。その運命の一夜のことを、画家や作家たちは大いに想像をめぐらせたという。
その群像劇を描いたのが《ポンペイ最後の日》。空を焦がす地獄の炎。大地が揺れる中、火の粉や有毒ガスから逃げ惑う人々……。おそらくここにいる誰ひとりとして助かることはなかった。皆を絶望に陥れる本作とは、「崇高」の美学を反映した作例を取り上げ、その背後に隠された恐怖を読み解く第5章で出会える。
会期:2017年10月7日(土)~12月17日(日) ※会期中無休
会場:上野の森美術館
住所:東京都台東区上野公園1-2
時間:10:00~17:00
※入場は閉館の30分前まで。
料金:一般 1,600(1,400)円、大学生・高校生 1,200(1,000)円、中学生・小学生 600(500)円
※( )内は前売料金、および20名以上の団体料金。
※小学生未満は無料。
※障がい者手帳の提示、およびその介護者1名は無料。
問い合わせ先:上野の森美術館 03-3833-4191