──デザイナーとしてデビューしたのが、1991年、ミス アシダ(miss ashida)のコレクションでした。そのきっかけは何でしょうか。
そもそも、このシーズンにデビューするつもりではありませんでした。
アメリカの大学でアパレルデザインを勉強して、帰国後半年くらいで父・芦田淳の会社に入社しました。入社当時から、父がとても寛大で、ファッションデザインにとどまらずいろんな仕事に携わらせてくれました。
たとえば、広告であったり、ウィンドウディスプレイであったり、エプロンやメガネ、食器といったジュン アシダのライセンス商品のやりとりであったり……。今ではそれぞれプロフェッショナルがいますが、当時は違いました。自分にはそこまで大きな責任もなかったので、さまざまな仕事を楽しくやっていました。
そうした仕事をしているうちに、『ヴァンテーヌ』という20代向けの雑誌の編集者の方に声をかけていただきました。若い人に向けて、TPOやおしゃれのルール、ちょっとしたコーディネートの仕方について、連載をしてほしいと言っていただいたのです。
──『ヴァンテーヌ』での連載の反響はいかがでしたか。
自分で言うのもなんですが、すごく好評で。というのも当時は、20代でそういったことをプロの立場として指南する人がいなかったようなのです。今ではそれこそ、インフルエンサーのような人たちがいて、彼女たちに対する憧れのようなものがありますけれど。
そのように名前を出して連載ページを持たせていただいていましたが、父が「デビューもしていないのに、連載まで持たせていただくなんてとんでもない。次のシーズンからデビューしなさい」と。いきなり崖から突き落とされるように、突然デビューすることになりました。
──それが1991年のコレクションだったのですね。
ミス アシダは父によるブランドで、もともと多くのファンの方がいらっしゃいました。私自身、父がデザイナーを務めているときからも少しずつデザインをしていましたが、やっぱりいわゆる既存の方程式の中でものを作っていたので、徐々に自分の中で限界を感じていました。
ある夜、ベビーベッドで子どもを寝かしつけながら色々考えていました。すると急に、「なんかもう、好きなことやっちゃおうかな」って、ふと思って。そうすると、すごく色々なインスピレーションが頭の中に湧いてきたので、その方向性で行ってしまおうと決めました(笑)。
それが、自分にとって言わば大きな節目となったこのコレクションだったのですけど、結構、賛否両論(笑)。でも、ずっとそのまま既存の枠組みで行けたかというときっと無理だったので、良かったんじゃないかなと思います。
──「サバンナ」のコレクションが、賛否両論だったとのことですね。
好きなことをやっちゃおうという感じでしたので(笑)。
当時、おかげさまでミス アシダというブランドはお見合い服としてとても有名でした。「ミス アシダを着てお見合いをすると縁談が決まる」と新聞に載るほど(笑)。ですから、お見合い服からはかなり遠のいたコレクションになりましたね。
それだけにすごくプレッシャーもありましたけれど、その時に、やらないとこの先変われないと思っていたので、それしかなかったのだと思います。
──最近の大きな変化として、2019年秋冬にスタートしたメンズコレクションが挙げられると思います。なぜ新たにメンズを手がけるようになったのでしょうか。
大きく、2点の理由がありました。ひとつには、コレクションを見にきてくださる男性の方たちが、数年前から「メンズサイズがあれば着たい」と言ってくださるようになったことです。
はじめ、「えっ」という戸惑いを感じていました。レディースとメンズはもの作りが全然違いますし、ずっとレディースを続けてきて、レディースとメンズの境界は絶対に超えてはいけないという思いがありました。
けれども、メンズ服を望む声が大きくなっていくなか、ふと、「別にメンズのビジネススーツを作るわけじゃないんだから、レディースの延長線上でメンズを作ってもいいかもしれない」と思ったのです。
──もうひとつの理由は何でしょうか。
それは、ジュン アシダの歴史のなかで“変化”が必要だと感じていたためです。ちょうどその年は、ジュン アシダの創立55周年にあたりました。もちろん私は55年間携わっているわけでないし、設立当初から続けているのは母と数名のスタッフだけです。けれども、55年という継続の上にあぐらをかいているのではないかということに、「これじゃダメだな」という違和感を抱いていたのです。
でも、私も含めて、ではどう変わるのかというとなかなか難しいですよね。日々のルーティン、しきたりやスケジュールのなかで続けてきたので。それならば、55年のなかで私たちが経験したことがないことに挑戦しないと変わらないかもしれないと思い、メンズをスタートすることにしました。
──レディースの延長線上にあるメンズ服を作ることは、本当に初めてのことだったのですね。
まったく新しいことになるので、外部の方に色々と教えていただく必要があったり、自分たちで勉強しなければいけなかったり。女性ではなく男性に買っていただかなくてはなりません。ですから、こういった新たな挑戦こそ、絶対に今必要なことだと思いました。
それで、本当に突然、「今シーズン、メンズやるから」みたいな感じで始めちゃったんです(笑)。
──そのとき、スタッフの反応はいかがでしたか?
LINEでアシスタントとのグループがあるのですが、ある日曜日に突然決心して、「今シーズンからメンズやります」と一言送りました。すぐ既読になったのですけど、その後、様子見という感じでうんともすんとも言わなくて……。私が「冗談よ」と言うことを期待して、次に発する言葉を待っていたんだと思います。けれども私は彼らの返事を待っていて(笑)。
結局何も反応がないから、「私、本気です」と送ったら、「え!?」みたいなスタンプを送ってきたんですよ(笑)。
──冗談のような始まり方でしたね(笑)。
とはいえ、突然スタートするにあたり、私も含めて最初はみんな不安でした。いろんなスタッフが、これ作るのはどうすればいいんですかなどと、聞きに来るんですよ。でも、私もわからない。それで、すべての部署の人たちが、いろいろリサーチしたり、外部の方に伺ったりして、結局そのシーズンにメンズコレクションをデビューさせてしまいました。「なんとかなるね」って(笑)。
──レディースとメンズのコレクションを手がけていて、どのような違いを感じますか。
女性と男性でいちばん違うのは、ファッションに対する考え方、着ることに対する考え方です。女性は、基本的に綺麗だったりかわいかったりすれば、何でも着たいと感じます。けれども男性はそうではなくて、見たことのないものはあまり着る気がないようです。
それから男性は、生地やデザインにどういう理由があるのかということを、ちゃんと言葉で知りたがります。たとえば、名称で知りたいとか、意味合いを知りたいとか。それがすごく重要なのです。
女性の私としては、上質で素敵な素材なのだから、それで良いじゃないとは思うのですけども、男性は言葉で知ることがすごく大事。そこの土台をきちっと整えておかないと、あまり興味が向かないのだということに最近気づきました。