・“世間からのレッテル”というものも、物語の重要な要素の1つになっています。松坂さん自身も、役者として、世の中からのイメージに苦しんだ経験はありますか。
20代前半の頃は、悩んだこともありました。役者としてドラマに出る時、それからバラエティ番組に出演する時などに、メディアでの自分の印象と、普段の自分との間にギャップを感じていて。でもある時から、世間との距離感みたいなものに対して不平・不満を持つのは、疲れるだけだなって気づいたんです。この距離は、絶対に無くなるものではないから、割り切ってやっていこうと決めました。
・いつ頃から、気持ちを切り替えられるようになったのでしょうか。
20代中頃ですね。その頃に、今までの自分のイメージと違うジャンルの作品や、これまでやったことがないような役に挑戦してみようとチーフマネージャーと話していて。特に印象深いのが、舞台・映画ともにやらせてもらった『娼年』という作品。濡れ場もあり、体当たりの演技をしました。その時期から、世の中の自分に対するイメージについて、良い意味で、どうでもよくなりましたね。
・その頃から、賞レースの常連になっていますよね。出演作を選ぶ時に、大切にしていることは何でしょうか。
視野を広く持つことが大事だなと。視野を広げることで、新たな興味が出てきたり、今まで想像もしなかった仕事が生まれたりするなと気づきました。あとは、肩の力を抜くこと。力が入りすぎると視野が狭くなりますし、根を詰めすぎると、ある日ポキッと折れそうな気がするので(笑)。「役者をするために自分の人生がある」のではなくて、あくまでも「自分の人生の中に役者という仕事がある」という捉え方で、自分の人生をより豊かなものにしていきたいです。
話は、撮影現場でのエピソードにも及んだ。映画『流浪の月』のメガホンを取ったのは、『悪人』『怒り』で知られる李相日(リ・サンイル) 監督。李組へ『怒り』以来の参加となる広瀬すずと、初参加となる松坂桃李に、撮影現場での学びや苦労についても教えてもらった。
・広瀬さんは『怒り』以来の李組での撮影でした。現場ではどのようなことが思い出に残っていますか?
広瀬:「演じるってこういうことなんだな」って、改めて思える時間でした。李監督の現場にいると、救われる瞬間があるというか。
・救われる瞬間、ですか。
広瀬:李さんは、基本的にはずっと役者の味方でいてくれて、でも、ちゃんと厳しく言ってくれる。ゼロから一緒に立って、お芝居をする上で本当に大切なんだろうな、ってものを一から教えてくれるんです。そういう瞬間に、私は救われていました。『怒り』の時もずっと言っていたんですけど、李監督は、厳しいけど怖い人じゃないんですよ(笑)。求めるもののレベルが高くて、そこへ持っていくまでにたっぷりと時間をかける人なんです。
・時間を贅沢に使って撮影を進めていくのですね。
松坂:僕も、李さんは、贅沢な時間のかけ方をされるなと感じました。すごく濃厚で、他の現場では味わえないような経験をさせてもらったなと。作品の深堀の仕方とか、役への向き合い方とかも含めて、とても良い時間を過ごせたなと思います。思い返すと、もちろん大変なこともたくさんあったんですけど(笑)。
・具体的にはどのようなシーンで苦労したのでしょうか。
松坂:肉体的に辛かったのは、湖のシーンです。本当に死ぬかもしれない、と思いました(笑)。
映画『流浪の月』には水辺のシーンが多く登場するのですが、特にきつかったのが、朝焼けを狙った早朝の撮影。湖が、まあ冷たくて(笑)。李さんから「ゆっくりと湖に入っていって、中央の部分でふわって浮いてほしいんだよね。できれば、震えないんでほしいんだけど、大丈夫?」と言葉をかけられたんですよ。李さんは「大丈夫?」って確認してはくれているんですが、これは「やって欲しい」って意味だなと思って(笑)。
広瀬:きっとそうですよ(笑)。
松坂:そうだよね(笑)。僕は「大丈夫です!やります!」と言いつつも、「やるので、時間をください…」って目で訴えていました。
広瀬:湖のシーン、私は大丈夫じゃなかったです(笑)。監督からは、「がんばれ、がんばれ」って言われ続けて、「がんばります」と返していたんですけど、本当に辛かったです。あと、精神面では、撮影を通してずっと辛かったです。自分自身の感情を保つのが大変でしたね。
松坂:そうだよね。僕も精神面でも辛かった。
広瀬:更紗という人物として演じつづけたいのに、お芝居をしている最中に、素の自分の辛い感情の方が強くなってくる瞬間があって。それぞれの登場人物たちに感情移入しすぎてしまって、李監督の更紗像を保つのに必死でした。だから、李監督には本番前にいつも「強くね。耐えろ、耐えろ。」と声をかけてもらっていました。
・肉体面でも精神面でも、過酷な現場だったのですね。
広瀬:そうですね。本番以外では、息抜きしないと、きつかったです(笑)。
松坂:きつかったよね。楽しいシーンは決して多くなかった。
広瀬:楽しいシーンが少しでもあると、現場も穏やかでした(笑)。松坂さんとも「今日楽しかったね」って言い合ったり、スタッフさんとも笑い合ったり。
松坂:でも、その楽しいシーンは、けっこうカットされています(笑)。