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その一例が、タキシードだ。これは、イギリスの男性が、夕食後に葉巻を吸うあいだに着用した「スモーキング・ジャケット」に着想を得たもの。大ぶりに設定したシルクサテンラペルは、跡を残さず葉巻の灰を滑り落とすためのものである。サンローランは、タキシードのパンツスタイルを女性服へと再解釈し、コレクションの中心的な要素としたのだった。

「イヴ・サンローラン展 時を超えるスタイル」 展示風景 国立新美術館 2023年
「イヴ・サンローラン展 時を超えるスタイル」 展示風景 国立新美術館 2023年

また、サンローランは、サファリ・ジャケットやジャンプスーツなど、男性が着用してきた機能的な衣服を、女性の身体に合わせて洗練されたシルエットへとアレンジしている。「船乗りの世界」をテーマとした1966年春夏シーズンでは、船乗りが用いるボーダーを採用しつつ、スパンコールで仕上げることで華やかに。さらに、身体を透かして見せるシースルー素材を取り入れた、先駆的な役割も果たしている。

異国文化、西洋の服飾史への関心

「イヴ・サンローラン展 時を超えるスタイル」 展示風景 国立新美術館 2023年
「イヴ・サンローラン展 時を超えるスタイル」 展示風景 国立新美術館 2023年

サンローランはそのデザインにおいて、世界各地の文化や西洋の服飾史からたびたび着想を得ている。異国への関心について言えば、サンローラン自身は、モロッコを除いてさほど旅を好んではいなかったようである。そうしたサンローランにとって着想を得る手段とは、美術作品の収集や読書であり、いわば「想像上」の出会いであったという。こうした想像上の旅は、スペインやロシアから、南アフリカ、そして日本や中国といったアジアにまで至る。

「イヴ・サンローラン展 時を超えるスタイル」 展示風景 国立新美術館 2023年
「イヴ・サンローラン展 時を超えるスタイル」 展示風景 国立新美術館 2023年

こうした異国への関心を反映するコレクションのひとつが、1976年秋冬シーズンにおける「オペラ・バレエ・リュス」だ。ロシアに着想したというこのコレクションは、毛皮やベルベット、ラメ糸のきらめくシフォンといった豊富な素材、そして大胆な色彩と装飾により、サンローランが想像するロシアのイメージを喚起させるものとなっている。

「イヴ・サンローラン展 時を超えるスタイル」 展示風景 国立新美術館 2023年
「イヴ・サンローラン展 時を超えるスタイル」 展示風景 国立新美術館 2023年

一方、西洋の服飾史もまた、サンローランの重要な着想源となっていた。ドレープを織りなす筒型シルエットのドレスは、古代ギリシア・ローマの衣装を彷彿とさせるものだ。また、19世紀後半に流行したバッスルスタイルは、元々骨組みを使って膨らませていたバックの膨らみをボリュームのあるリボンで表現することで、現代の装いへと昇華している。さらに、ふたつの世界大戦の狭間の時期に花開いた「狂乱の20年代」に着想し、当時の活動的なスタイルを取り入れるなど、20世紀前半の服飾にも目を向けていたのだ。

サンローランと芸術

「イヴ・サンローラン展 時を超えるスタイル」 展示風景 国立新美術館 2023年
「イヴ・サンローラン展 時を超えるスタイル」 展示風景 国立新美術館 2023年

サンローランと広く芸術分野との関わりは、その活動において至るところに見出すことができる。サンローランは、少年時代における観劇経験の影響から、演劇の衣装や舞台セットのデザイン、そして映画の衣裳を手がける一方、「モンドリアン・ルック」に代表されるように、美術作品を題材としたコレクションピースも制作しているのだ。

まず、舞台芸術との関わりから見てゆこう。サンローランは1950年、モリエール原作の演劇『女房学校』を観てから舞台へと情熱を抱くようになり、以後、1953年の『王妃マルゴ』をはじめ数々の演劇に携わっている。なかでも、サンローランがとりわけ好んだ作品が、ジャン・コクトー原作の『双頭の鷲』だ。少年時代のサンローランは、夢中になってこの作品のスケッチ群を生みだしており、のちに1978年、アテネ座での上演に際して、衣装一式と舞台美術のデザインを手がけることになったのだ。

「イヴ・サンローラン展 時を超えるスタイル」 展示風景 国立新美術館 2023年
「イヴ・サンローラン展 時を超えるスタイル」 展示風景 国立新美術館 2023年

一方、サンローランは、美術作品を自身のデザインへと大胆に取り入れることで、ファッションデザインを芸術と同等の水準に高めることを試みている。こうした例のひとつが、先にふれた「モンドリアン・ルック」だ。ここれは、ストレートなラインを基調としたドレスの簡潔なフォルムが、水平・垂直の線が織りなすグリッドに、白と黒の無彩色、赤青黄の三原色という純粋な色を用いたモンドリアンの抽象画の厳しさに呼応していることが見てとれるだろう。

「イヴ・サンローラン展 時を超えるスタイル」 展示風景 国立新美術館 2023年
「イヴ・サンローラン展 時を超えるスタイル」 展示風景 国立新美術館 2023年

サンローランはまた、フィンセント・ファン・ゴッホ、アンリ・マティス、ジョルジュ・ブラック、パブロ・ピカソ、そしてポップ・アートなどの作品も取り入れる。たとえばファン・ゴッホの《アイリス》を題材としたジャケットは、ビーズやスパンコール、リボンを用いた濃密な刺繍表現により、ファン・ゴッホ作品に宿る生命感がうつしだされているといえる。このように、サンローランは作品のイメージを拝借するのではなく、それらを解釈することで自らのデザインへと昇華することを試みたのだった。

展覧会概要

「イヴ・サンローラン展 時を超えるスタイル」
会期:2023年9月20日(水)~12月11日(月)
会場:国立新美術館 企画展示室1E
住所:東京都港区六本木7-22-2
開館時間:10:00~18:00(金・土曜日は20:00まで)
※入場はいずれも閉館30分前まで
休館日:火曜日
観覧料:一般 2,300円、大学生 1,500円、高校生 900円、中学生以下 無料
※障害者手帳の持参者(付添者1名含む)は入場無料
※10月7日(土)~9日(月・祝)は高校生無料観覧日(学生証の提示が必要)
※最新情報については展覧会ホームページを確認のこと

【問い合わせ先】
TEL:050-5541-8600 (ハローダイヤル)

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