もうひとり、ワイルドと関わりの深い画家が、チャールズ・リケッツだ。リケッツは、『サロメ』を除いて、ワイルドの全書作で初版時の装幀や挿絵を手がけていた。また、ワイルドが世を去ったのちには、戯曲『サロメ』の舞台装置案や衣装デザインに携わっている。本展では、油彩画《サロメ》に加えて、戯曲のための衣装デザインなども目にすることができる。
ワイルドの生前、イギリスで戯曲『サロメ』の上演は禁止されていたものの、20世紀に入ると、舞踏を中心に、舞台上でさまざまなサロメが表現されることとなった。たとえば、光や動きの効果を駆使したロイ・フラーは、すでに19世紀末からパリでサロメの踊りを披露するほか、1906年には、ウィーンでモード・アランが『サロメの幻影』を発表し、注目を集めている。会場では、アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックがフラーの踊りを描いた《ロイ・フラー嬢》など、舞台にまつわる作品を展示している。
ビアズリーは、ワイルドと親しく交流した期間が短かったにもかかわらず、1895年、ワイルドが同性愛の科で逮捕されると、自らも仕事を失う憂き目に遭っている。しかしその後も、ビアズリーは新たな支援者や仲間を得て立ち直ることを試み、いっそう洗練された作風へと転換していった。本展の終盤では、ワイルド晩年の仕事に目を向けている。
その例が、イギリスの詩人アレクサンダー・ポープの喜劇詩『髪盗み』の挿絵だ。ここでビアズリーは、細かな点描や緻密な線描の積み重ねを採用することで、画面の軽やかさを保ちつつ濃淡をつける、新たな描法を編みだしている。たとえば、その挿絵のひとつ《伊達男と美女の争い》では、点描と線を駆使し、重厚な上着と上品なドレスの質感を巧みに描きわけていることを見てとれるだろう。
また、ビアズリーは、1896年には前衛的な文芸雑誌『サヴォイ』の創刊に携わり、多彩な作品を発表している。しかし、幼少期より患っていた肺結核が進行し、ビアズリーは衰弱。1898年、25歳の若さで世を去ることとなった。本展は、『サヴォイ』で発表した《「ラインの黄金」第4図》や、ビアズリーが病床で手がけた《ヴェヌスベルクへのタンホイザーの帰還》など、最晩年の洗練された作品で締めくくられている。
展覧会「異端の奇才——ビアズリー」
会期:2025年2月15日(土)~5月11日(日)
会場:三菱一号館美術館
住所:東京都千代田区丸の内2-6-2
開館時間:10:00〜18:00
※祝日を除く金曜日、会期最終週平日、第2水曜日、4月5日(土)は20:00閉館
※入館はいずれも閉館30分前まで
休館日:月曜日(2月24日(月・振)、3月31日(月)、4月28日(月)、5月5日(月・祝)は開館)
※2月24日(月・振)、3月31日(月)、4月28日(月)はトークフリーデー
観覧料:一般 2,300円、大学生 1,300円、高校生 1,000円
※障害者手帳の所持者は半額、付添者は1名まで無料
【問い合わせ先】
TEL:050-5541-8600(ハローダイヤル)