3章では、アフ・クリントを代表する絵画群「神殿のための絵画」を紹介。193点からなるこれらの絵画群は、自ら構想した神殿を飾るためのものであり、円や四角形などの幾何学的図形、花弁や茎といった植物に由来するモチーフなどから構成されている。このように多様な要素を含む「神殿のための絵画」は、いずれも、不可視な実在の知覚と探究に向けられているものだという。画面に登場する非再現的な形態は、思考や感情が色や形を有するというように、不可視の「観念」を可視的な「形態」にする考えからも影響を受けているだろう。
アフ・クリントが「神殿のための絵画」を制作する契機となったのは、1904年、「5人」の交霊の集いにおいてのこと。この時アフ・クリントは、物質世界から解放され、霊的な力を高めることによって人間の進化を目指す、神智学の教えについて絵を描くよう、メッセージを受け取った。こうしてアフ・クリントは、1906〜15年にかけて「神殿のための絵画」を制作することになったのだ。
本展では、アフ・クリントの代表作「神殿のための絵画」から、幾つかのシリーズやグループを公開。なかでも、10点組の「10の最大物」は、それぞれ高さ3m超のサイズを持つという、「神殿のための絵画」のなかでも異例な巨大なサイズで描かれた大作だ。会場では、人生の4つの段階、幼年期、青年期、成人期、老年期を、圧倒的なスケールで描いた同作を、一挙に公開。柔らかな色彩に、曲線や円、矩形といった幾何学的な形態、そして花弁や巻貝を思わせる有機的なモチーフが浮かびあがる作品空間に浸ることができるだろう。
また、会場では、「神殿のための絵画」の数々を展示。たとえば、同作品群における最初の連作「原初の混沌、WU /薔薇シリーズ」は、善と悪、男性性と女性性など、二項対立的に分裂した要素を結びつけ、再び単一性を叶えるという神智学の教えを表現したものだ。そのほか、具象的な白鳥が抽象的・幾何学的な形態に変化し、再び具象性に回帰する過程を描いた「白鳥、SUW シリーズ、グループIX」なども目にすることができる。
ところで、アフ・クリントが探求した「眼に見えない実在」とは、霊的な思想のみに関わるものではなかった。19世紀後半から20世紀初頭にかけて、トーマス・エジソンやニコラ・テスラが電気にまつわる研究を進め、ヴィルヘルム・レントゲンがX線を発見し、キュリー夫妻が放射線を研究するというように、当時の科学は、肉眼では捉えることのできない世界に関わるものであったのだ。霊的な思想は、同時代のこうした科学の動向と呼応する側面も持ちあわせていたのである。
アフ・クリントもまた、海軍士官の父親のもとに生まれ、幼少期から天文学、航海術、数学など、自然科学に身近なものとしてふれてきた。この意味で、「神殿のための絵画」は、精神と科学という両側面から「不可視の実在」への関心を絵画化した作品だといえるのだ。
4章では、「神殿のための絵画」以後のアフ・クリントの展開を紹介。アフ・クリントは、1917年に「原子シリーズ」、1920年に「穀物についての作品」などを手がけている。これらは、精神と科学双方への関心や、不可視の存在の探求など、「神殿のための絵画」に連なる題材を扱っている。しかし、たとえば正方形と円形から構成された「原子シリーズ」に見てとれるように、幾何学性と図式性をいっそう増している点に特徴があるといえる。
アフ・クリントはその後、神智学から分離独立した「人智学」への関心を深め、1920〜30年にかけて、人智学の拠点であるスイス・ドルナッハにたびたび長期滞在している。こうしたなかでアフ・クリントは、人智学を創始したルドルフ・シュタイナーに、思想面ばかりでなく作品制作においても、影響を受けることになった。
こうしてアフ・クリントの作風は、ぞれまでの幾何学的・図式的な作風から、水彩のにじみを活かした色彩表現へと変化していった。会場では、《花と木を見ることについて、無題》など、にじみが偶然に織りなす色彩表現にふれることができる。