服を選ぶのは「自由」？

さて、わたしたちは「自由に」服を選んで、着ているのだと思っている。それでもその「自由さ」とは、静かにその時代・地域の〈コード〉の中に浸されている。ハンス・エイケルブームの《フォト・ノート 1992-2019》は、ある場所・ある時間で、特定の装いをする人びとを撮影して並べた作品だ。

たとえばデニムのセットアップという出で立ちが何枚と並ぶと、自分では「自由に」選んでいるのに、街ではみんな同じような格好をしているのかとぎょっとする。日本のスーツ姿のサラリーマンは、みんな揃ってマスクをする姿が捉えられている。あるいは、たった1時間で、レオパード柄のジャケットを着ている人がこうも大勢いるものなのか。ファッションが好きな人でもそうでない人でもやはり服を着ていて、緩やかな〈コード〉の下にあるのだということを、エイケルブームはときに面白おかしく気付かせてくれる。

ミックス──新たな〈コード〉？

おのおのが多彩な起源をもつ素材やスタイル。ファッションはそれらを変奏するのみならず、多種多様なスタイルを、モンタージュのように1つの衣服に織り交ぜる。たとえばマルタン マルジェラ(Martin Margiela)は、ヴィンテージ風生地を繋ぎ合わせてドレスを作るなど、その代表格だといえる。また、ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)は、ロココ期男性のスーツ“アビ・ア・ラ・フランセーズ”を、ウィメンズの衣服としてメタリックな雰囲気にアレンジ。ショートパンツとダイナミックなスニーカーを合わせて、貴族的なエレガンスをスポーティに接続した。会場では、こちらも18世紀のローブ・ア・ラ・フランセーズを再解釈したコム デ ギャルソンのドレスとともに展示している。

そして、幾多もの要素をミックスすることで、まったく新たな世界観を予見するかのような、ミケーレによるグッチ(GUCCI)。カトリックの司祭が身につけるストールにはニューヨーク・ヤンキースのロゴを。オーバーサイズの鮮やかなブルゾンのバックには1970年頃の日本の漫画を。ニットのフロントにはピッツバーグ・パイレーツのロゴを。スカートにはきらびやかなスパンコールの刺繍を。そして足元にはボーリングシューズを。それら互いに関連し合わないような要素を巧みに取り込み、元来の意味合いを消去し、1つの洗練されたスタイルを生み出しているのだ。

また、通常衣服は織物から仕立てられるが、7色に輝くフィルムを組み合わせたユイマ ナカザト(YUIMA NAKAZATO)のように、パーツを“繋げる”ことで構築された衣服も紹介。東京展のみでの展示となるノワール ケイ ニノミヤ(noir kei ninomiya)のローブは、ポリエステルやPVC素材を繋ぎ合わせて構築したものだ。Aラインのシルエットはいかにも重厚に見えるものの、素材の隙間から光が透けてくるほど軽やかに仕上げられている。

美術作品から迫る〈ドレス・コード〉

これまで随所に紹介してきたように、本展では美術の方面からもファッションの〈コード〉を考察している。

マームとジプシーの《ひびの、A to Z》は、ファッションによる新しいステレオタイプを生み出すことを試みる作品だ。AからZまでの26人のキャラクターを設定し、こういう人ならこういうことを言いそう、こういうものを持っていそう、こういう服を着そう、そしてこういう会話をしそう、というように、どこか「わかる」と頷いてしまうような、断片的な物語が紡がれる。

展覧会の終章は、チェルフィッチュの映像作品《The Fiction Over the Curtains》。その中で1人の男性が言う、「わたしに服を下さい」と。すると別の男が、かわいそうだと思ってもらいたいのかい？ ならばそう見てあげようか？ などと応える。ここでは言葉で交わされる、「視る／視られる」というやりとり。ファッションはいわば、ある〈コード〉のもとでこのコミュニケーションを行なっている。好むと好まざるとにかかわらず衣服は何らかの視覚的なメッセージを発していて、おそらく黙ってはいられないのだ。

服を着ることへの“希望”

しかし、服を着ないわけにはいかない。裸体であることは、すでにそれ自体社会の規範を破っているからだ。多種多様な衣服が存在する現代にあって、わたしたちは何かしらの衣服を選んで、着なければならならない。

ミケランジェロ・ビストレットの《ぼろきれのビーナス》は、実は展覧会の最初に置かれている。裸形のウェヌスの石膏像が山と積まれた衣服を選んでいるように見えるその姿は、ものが溢れる現代の消費社会を批判していると捉えられよう。けれどもむしろもっと軽やかに、これだけたくさんある衣服から好きな1着を選び取り、それによって人と関わりあうこの生を楽しめるのだというある種の希望を、ここに見てとっても良いのかもしれない。

展覧会概要

展覧会「ドレス・コード？─着る人たちのゲーム」
会期： 2020年7月4日(土)〜8月30日(日)〈事前予約制〉
※当初は2020年4月11日(土)〜6月21日(土)の予定だったが、会期を変更
※入場には要予約(詳細は美術館サイトにて告知)
会場：東京オペラシティ アートギャラリー
住所：東京都新宿区西新宿 3-20-2
開館時間：11:00～19:00(最終入場は18:30まで)
休館日：月曜日(祝日の場合は翌火曜日)、8月2日(日)
TEL：03-5777-8600(ハローダイヤル)
入場料：一般 1,200(1,000)円、大・高生 800(600)円、中学生以下 無料
※( )内は各種割引料金(ただし、団体割引は不適用)
※同時開催「project N 79 糸川ゆりえ」の入場料を含む
※( )内は各種割引料金(なお当面のあいだ、団体の入場は休止とし、団体割引の適用もなし)
※障害者手帳持参者および付添1名は無料
※割引の併用および入場料の払い戻し不可
※来館に際しての注意事項は、公式サイトを確認のこと

■出展ブランド(デザイナー)
アライア(アズディン・アライア)、アシードンクラウド(玉井健太郎)、バーバリー(クリストファー・ベイリー)、ビューティフルピープル(beautiful people)(熊切秀典)、シャネル(ガブリエル・シャネル、カール・ラガーフェルド)、コム デ ギャルソン(川久保玲)、ディオール(ジョン・ガリアーノ、マリア・グラツィア・キウリ)、ディオール オム(エディ・スリマン)、フェンディ(カール・ラガーフェルド)、ジョルジオ アルマーニ(ジョルジオ・アルマーニ)、グッチ(アレッサンドロ・ミケーレ)、ヘルムート ラング(ヘルムート・ラング)、ジュンヤ ワタナベ・コム デ ギャルソン(渡辺淳弥)、イッセイ ミヤケ メン(高橋悠介)、コーシェ(クリステル・コーシェ)、ルイ・ヴィトン(ニコラ・ジェスキエール)、ジェフ・クーンズ×ルイ・ヴィトン、モスキーノ(ジェレミー・スコット)、ポール・スミス(ポール・スミス)、トム ブラウン(トム・ブラウン)、ユニクロ アンド JW アンダーソン(ジョナサン・アンダーソン)、ヴァレンティノ(ピエールパオロ・ピッチョーリ)、ヴェトモン(デムナ・ヴァザリア)、ヴィクター＆ロルフ(ヴィクター・ホルスティング、ロルフ・スノーレン)、ヴィヴィアン・ウエストウッド(ヴィヴィアン・ウエストウッド)、ヨウジヤマモト(山本耀司)、イヴ・サンローラン(イヴ・サンローラン) ほか

■衣装以外の出品作品
アンディ・ウォーホル、ミケランジェロ・ピストレット、ローズマリー・トロッケル、ハンス・エイケルブーム、森村泰昌、都築響一、青山悟、チェルフィッチュ、坂本眞一、マームとジプシー ほか

©京都服飾文化研究財団、畠山崇撮影